バプル明に次々に建設されたホテル、リゾート施設。経済情勢の変化に
対応できずに行き詰まり、貸手の金融 機関の不良債権になっている施設が少 なくない。ホテル運営会社コンセルジュの西尾佳三専務は、一介のホテルマ
ンからホテル経営者に転じ、大阪府堺 市のホテルリバティプラザを復活させ た。その歩みや今後の展望を聞いた。
【山口透、写真も】 |
ホテルマンからホテルの経営者に転身。 |
| ◆5年半前、堺市民会館に近い一等地にあるホテルリバティプラザの当時の支配人から人を介してアドバイスを求められ、コストダウンの方法やホテルの駐車場からお客様の車が盗まれたトラブルの対処などを助言しました。「そんなにホテル運営に自信がおありなら、経営してみませんか」と言われたのが始まりです。予想外の話でしたが、2〜3週間考えて「やろう」と決心しました。私は堺のことを知らないので、かつて勤務したホテルの総支配人で堺出身の立山寿幸社長に声をかけ、2人代表取締役のコンセルジュを設立、ホテル経営に乗り出しました。 |
当時のホテルの状況は。 |
| ◆客室稼働率が30%あるかどうかという厳しい状態で、テレビが映らない客室が半分あるなど、設備は老朽化していました。しかし、建物はしっかりし部屋の広さもゆとりがあったので、料金をある程度下げたら十分集客できるホテルだと思いました。ただ、建物のオーナー企業が倒産し、「問題のあるホテル」として有名だったため、相談したホテルマンは皆、やめておいた方がいいと言いました。 |
それでも決断したのは? |
◆実はその1年前に支配人として就職したホテルから「支配人の給料が一番高いから20万円下げてくれ」と言われ、わずか1年で身勝手なことを言ってくる経営者に憤りを感じて辞めた後でした。昨日までサラリーマ
ンだった者が経営者になるというのは足のすくむような話でしたが、「やっていける」という自分の経験からくる自信が勝ったということでしょうか。
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すぐに経営に乗り出したのですか。 |
| ◆内装は少し手直しすれば快適な部屋に変身させられると思いましたが、問題は心臓部に当たる空調や給排水の設備。故障した場合には家主が責任を持って修理してくれるかどうか確認したところ、「それはそちらでやってくれ」と。ひとつ間違うと膨大な費用がかかる恐れがあるので契約は難航しました。空調設備の専門家から「3年は大丈夫です」と言われたので、5年前の3月に契約にこぎ着けました。家主に払う保証金1000万円は国民金融公庫から借りました。 |
それ以降は順調でしたか。 |
| ◆「問題のあるホテル」という評判が立っていたので、最盛期に年間400組以上あった婚礼は、引き継いだ時にはわずか5組。現在も年間50組にとどまっています。「あのホテルは立派に生まれ変わった」と思っていただけるようにならないとこのホテルの未来はありません。客室稼働率は75%まで上がっていますが、バブル直前にゆとりのある設計で建てられ客室数が57室と少ないので、もう少し単価を上げられるようにしたい。そこで、今年から2年がかり、総投資額8000万〜1億円で、壁やじゅうたんの大改装に着手しました。 |
ホテルの建物も買い取ったそうですね。 |
| オーナー企業が倒産していわゆる不良債権になっていたので、昨年6月に行われた競売で落札、昨年末に所有権移転を完了しました。その過程にも人には言えない苦労がありましたが、一昨年には大阪府泉佐野市の関空ホテルサンプラス(87室)を買い取っており、現在二つのホテルを所有、経営しています。立山社長と私、2人の気持ちががっちり合ったことが、ここまで成長できた大きな理由だと思います。 |
今後の目標は? |
現在は金融機関の信頼を強固なものにするため、建物買収後の決算で好業績を確保することが最大の目標です。立山社長とは「五つぐらいのホテルを経営したいね」と目標を掲げてスタートしましたが、今では「10ぐらいは行けるのでは」と期待を膨らませるほどに自信がついて来ました。ホテルを任せたいという相談の案件が複数寄せられており、チャンスと見れば私たちのノウハウを生かして他のホテル経営にも乗り出したい。運営を任せられる従業員も育ってきています。
※インタビューから、飛騨合掌苑(岐阜県高山市)と、ホテル山城館、ホテルビオトープ竜串荘(高知県土佐清水市)を取得し、関空ホテルサンプラス(大阪府泉佐野市)を売却、4件のホテルを経営するに至っています。 |
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